<vol.7>劇場中継 ー四幕五場 ウダサンのコーヒールンバ!
しばらくのご無沙汰でした。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
今、日本を、いや世界を、みぞゆうの(未曾有ですよ)経済危機が襲っています。
ここまでは、じゅんぷうみつほ(順風満帆)で進んできたウダサンも、
昨年12月とうとう病に倒れました。
といっても経済危機の深刻さに比べればなんともない病でして、
左足付け根の動脈が詰まってるとかで2泊3日のカテーテル手術を受けたんです。
やっぱり長年の不摂生がたたったようで、いつのまにやら
左足だけがすぐに疲れるようになっていました。
手術はいとも簡単、モニター画面を見ながら4~50分でステントとかいう
金属の輪っぱを細くなっていた部分に置いてきて終了です。
翌日は退院、すぐに普段通りの生活、それも運動をしろっ!てな
ことを言われました。こっちのほうがわたしにとっては難題でしたが、
結果は大成功、階段なんかぴょこぴょこ上がれちゃうんです。
血管が詰まるってのは怖いですね、ここ数年はちょっとした山道でも皆に
「ちょっと休憩...」なんて迷惑をかけていたんですが、もう心配いりません。
ん?何の話かですって...、そうそう実はこの異常に気付いたのが
今回ご報告のエチオピアだったんです。
ほとんど意味のない口上でしたが、用意ができたようです。
それではそろそろ幕開けと参りますか...。
第一幕 ウダサン、エチオピアとの出会いの場
2007年8月末、JAICAF(社)国際農林業協働協会の専門家として、
京大の重田准教授、(独)医薬基盤研究所の菱田Dr.と私の3人が
「エチオピアに於ける高収益作物の調査研究」プロジェクトで派遣されました。
現地に造詣の深い重田さんのリードで村々を転々と見て歩く調査でした。
エチオピアは首都アディス・アベバが標高2,500mという国です。
昼間は太陽に近いからか陽ざしが強いのですが朝晩は寒くてコートが手放せません。
しかも雨期でしたから大変です。セーター着たり脱いだり、コート着たり被ったり...。
重田先生はすごい行動力で、村々のマーケットにずんずん入り込みます。
そのマーケットたるや大変です。露天にかろうじてテントをつけただけ、
人の歩く通路は1m幅ほどの「ぬかるみ」、そこを人だけが歩くんじゃないですよ、
ウシ、ロバ、イヌ、ニワトリまでが一緒に歩くんです。
やつらは黙って歩きません、糞をしながらです...。
想像してください、泥とそれらが混じり合ってぐちゃぐちゃ...!
そこをなんとウダサンはグッチのブーツで歩かされるんです...。
もうなにも見ません。ただひたすら足元を確かめながらです。
たまんないですよ...。そうそう、その訳かどうか知りませんが、
エチオピアは靴磨きが大勢います。なんだか靴磨きから身を起こした
立志伝中のお金持ちがいるとかで、子どもも大人も靴磨きに精を出しています。
こっちも何回磨いてもらったか、本当にいやだった。今でも夢を見るくらいです...。
しかし、足元だけ見ていたわけではありません。
ちゃんと使命を果たすべく見るものは見ました。それがコーヒー。
エチオピアはコーヒー発祥の地、羊飼いカルディがコーヒーの豆を
山羊が食べ跳ね回っているのを見てその飲用を発見...、
イスラム教の聖者シーク・オマールがコーヒーの実を鳥がついばんでいるのを
見て飲みだした...。諸説あるがコーヒーはエチオピアが起源です。
10世紀初頭にはイスラムの医学者がその効用についての記述も成した...等々
あって飲みだされ、イエメンのモハ港から世界中に広まったという。
この港の英語読みがモカだったことからエチオピア産は一律モカと呼ばれている。
ところが調査でわかったんですが、エチオピアには26品種の原木が存在する...。
さあ、あたしの出番です。海援隊ウダサンの。
一村一品、一州一品、如いては一国一品じゃき!アイディアはこう。
現地に付加価値を落とすコミュニティトレードです。
現地で製品化までさせるんです。
手焙煎で結構、風倒木で炭火焼、日本人は大好きです。
と言っていましたら現地の日本大使駒野さんも「ぜひやって!」と
応援してくれます。
よし、まずは帰って報告書。そして提案だ!てなもんで飛んで帰ります。
最後の日にはたっぷりチップを弾んでピッカピカに靴を磨いてもらいました。
第二幕 ジンマ、ベレテ・ゲラ森林の場
さあ帰って報告書、報告会と続きます。その報告会にJICAさんが見えていました。
いわく南西部ジンマに西村専門家が3年かかってベレテ・ゲラの森林を保全し、
レインフォレストアライアンスという熱帯雨林認証を取られたとの由、
一時帰国されウダサンに会いに来てくれました。
いわく、認証は取れたが住民がなかなか理解してくれない。
ただしそこには自生するコーヒーの木がたくさんあり、
住民の収益源にはなっている。何かいい知恵がないものか。という話です。
よっしゃ、わかった。付加価値をつけて住民に味をしめさせてやろう。
そうすれば森林保全の意味合いもわかるし、労働意欲、
向上心も増すであろう、てなとこです。善は急げ、
ちょうどオマーン・エジプトの旅があります。
そこからちょっと寄るか?と話が進んで再びエチオピアに、
コーヒーの収穫期は約3か月、11~1月です。
よし最盛期に現場を見ようと行ってきました。2007年12月でした。
ドバイでライフウエアーブッククルーたちと別れ、一人アディス・アベバヘ。
まずJICA佐々木所長、安藤次長たちと大盛り上がりの宴会で、
エチオピアに再び雄叫びを上げたものです。
翌日空港に行くとお二人の日本人がいます。
何と声をかけられ、あたしと3日間同行される松本ご夫妻とのこと。
松本さんはたっぷりと年季の入ったJICAの専門家、
奥さんとアジスの南アダマに住まわれていてこの話を聞き、
連休を利用して国内旅行だよといわれます。
こっちも一人旅で寂しかったところ、宜しくってな具合でジンマへ...。
西村さんが出迎えてくれさっそく車で現地を訪問です。
3時間後、ベレテ・ゲラの森林に立ちました。この時発覚したんです。
左足がいけないことが...。松本さんご夫妻は私よりだいぶ年輩ですのに
西村さんと山道をすたすた歩きます。
こっちはちょっと待って...、挙句にあたしだけ馬とロバの合いの子
ミュールとかいう馬の背にすがりつくことに...。
おっと、また初めに戻っちゃいけませんので話を先に進めます。
行く先々でコーヒーセレモニー。この間を利用して勉強です。
コーヒーは、採集・脱肉・乾燥・選別・焙煎・選別鑑定
・計量包装・梱包輸出の流れで流通します。
脱肉の後、水洗の段階を挟むのもありますが、おおよそこの流れです。
しかし住民の現状は、乾燥か選別の段階で売ってしまうのです。
ここでシアバター同様にもう一段階踏み込めば、
コミュニティトレード、付加価値が現地に落ちるのです。
村人を西村さんが集めます。何ヵ所かの村々で住民相手にこうしようと
演説で呼びかけました。みんな解ってくれたのか終わると拍手喝さいです。
いい調子で楽しい夜です。松本さんと連日飲みあいました。
松本さんはちょび髭も蓄えモリシゲヒサヤに似ています。
酔ってくると歌い出します。
シレ~トコ~ノミサ~キニ~ハマナス~ノサクコロ~
・オモ~イダ~シテオ~クレ~オレタチ~ノコ~トヲ~
軽快に、気持ちよさげに歌うのはいいのですが、
そのあとの歌詞が出てきません。こっちも酔ってて出てきません。
結局このフレーズで延々と一時間近く歌ってました。別れる時に言いました。
この次までに歌詞を覚えておいてくださいよ!と。
一番呆れていたのは付き合わされた奥さんでしょうが...。
この松本さんと再開し、重要な役割をお願いすることに
なるんですから世の中は縁ですね。
第三幕 一場 2008年早春 回転 再々訪の場
文章に起承転結があるように、物事にも大切な転があります。
間ぁ置いちゃいけねえと再々訪です。
早速駒野大使にその後の展開と今後の展望を話します。
すると帰りに寄れとのこと、「ははぁ!」てなことで一路ジンマへ。
商品担当O取締役との二人旅。これが飛行機嫌いでいけません。
車に乗った乗った、丸々3日間は乗らされました。そのほかにミュールです。
メルカッサ連邦農業試験場のJICA FRGプロジェクトチーフアドバイザー白鳥氏を
訪問後アディス・アベバに帰った時にはお尻を撫で撫で...、
で、大使館に顔を出します。すると大使が商工大臣に会えといいます。
若くて頭が柔らかい人だからウダサンの言うことを解ってくれるよと...。
なんとご自分が付いてきてくれ説明までしてくれました。
その後も公邸で食事を御馳走になるなど、
なんとも身に余る応対をしてくださいました。
よしっ!とまたここでがぜんやる気が起こったことは言うまでもありません。
ミュールじゃありませんが「ヒヒーン!」といなないたウダサンでした。
第三幕 二場 2008年初夏 メレス首相謁見の場
お尻の痛みも癒えたころ、5月の末に横浜でアフリカ会議TICADが開幕、
40数カ国が大集合です。実はその前にJETROさんから声がかかります。
ブースでシアバターをメインで見せたいと...。
クッククック~~青い鳥~です。
さあ出番。プロジェクトに参加しアイディアを出します。
ガーナの何人かを連れてきてデモをやらせよう...おっと、
この顛末は以前に書きました。福田首相が拍手をしてくれ、
新聞の一面をアビバが飾ったことは...。今回はそうじゃありません。
福田首相が見えた翌日の出来事です。
なんとなんとエチオピア首相がウダサンに会いたいと!誰とでも会うぜよ~
てなもんで指定場所のインターコンチネンタルホテルに。
厳戒の中、ある一室に入って驚きました。
TVで見るような正面に国旗と大きな肘掛椅子が2客こっちを向いています。
両サイドには小ぶりな椅子が居流れて置かれ、
入っていくとTVカメラが向けられます。
どこ座ればいいのかと迷っていましたらここだと肘掛椅子の一つを勧められます。
こうなってはデンと構えまな板の鯉。首相が入ってきました。
メレス首相です。もうあとは普段通り、「こんちは」から始まって
手焙煎コーヒーのアイディアとコミュニティトレードの説明です。
30分ぐらい独演をやりましたら首相が言いました。
「ウダサン俺はお前を支援するよ。何か困ったことがあれば言いなさい。」
ヒェッてなもん、すかさず言いました。「焙煎の知識ある人間が必要なんです。」
「現地には農業委員がいるはず。彼らにはその知識があるだろう。
もしいなかったら言いなさい。紹介するよ。」バンザーイです。
一国の首相が応援してくれるのです。こんな強い味方はいません。
一時間の会見終わって吸った煙草の美味かったこと...。
よし!ヨシッ!お墨付きだ。みんな待ってろ、ベレテ・ゲラの夜明けは近いぞ...。
四幕 2009年 新春 森林初日の出の場
ここまで進めば一気呵成にとばかり生活の木のクルーが出張ります。
S・N・O・そしてウダサン。まずはJICA、
そして駒野大使に首相との一件を報告がてら取材です。
そこで大使に良いものを見せられました。
あの白鳥さん、松本さんがいるFRGが作った一枚刃のブラウやバター製造機です。
ピカッとひらめきました。「これでできた!」焙煎機です。
どうやって作ってやろうかと思案してましたがいっぺんに解決です。
『そうだ!モリシゲさんに頼もう...』縁ですねえー。
さてベレテ・ゲラの森です。もう手の内に入れているミュールにまたがり
颯爽と幽谷を行きます。竜馬先生もかくありきやと...。
ところが後の3人、ま、言いたかねーですが見てられません。
鞍がずれたり背中にしがみついてたり...まるで敗残兵。
とこんなで、たっぷり森林コーヒーを取材して白鳥さんのところへ廻ります。
そして夜の会合モリシゲさんとの邂逅です。もうピッチが上がります。
最後に一言「ウダサン、作っちゃる!」手焙煎機の目途がこれで付きました。
帰りに駒野大使から色紙をいただきました。
「面白きこともなき世を面白く生きんがための奇策数々」
平成の竜馬ウダサンへ...とありました。
勿体ないお褒めと激励の言葉、あなうれし...言うことないぜよ!
現在試作3号機で手焙煎テスト中です。
みなさん、ベレテ・ゲラの手焙煎森林コーヒー。乞うご期待を!
◆プロフィール
宇田川僚一 うだがわ・りょういち(通称Uda-san) (株)生活の木専務取締役。1975年以来ハーブ、アロマテラピーの開発、普及に取り組む。(社)日本ホビー協会理事。(社)日本アロマ環境協会理事。(NPO)日本メディカルハーブ協会専務理事。全国ハーブサミット連絡協議会委員。地域中小企業支援センター専門家。中小企業金融公庫成長新事業育成審査員。日本貿易振興機構(JETRO)専門家。国際協力機構(JICA)専門家。国際農林業協働協会(JAICAF)専門家。












