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花を追い、花を描き、花に埋もれて逝った植物画家 太田洋愛氏を訪ねる旅

2024.02.01 TEXT by Kaoru Sasaki

生活の木の前身「㈲陶光(とうこう)」は、オリジナルの洋食器を製造販売する会社でしたが、主力商品のひとつが「植物の箱シリーズ(1975年発売)」でした。12カ月の植物をボタニカルアートで表現し、テーブルウエア、バストイレタリー、布小物、ギフトカード等々、全49アイテムの豪華な商品展開でした。幸運にもそのボタニカルアートを描いてくださったのが、植物画の第一人者、太田洋愛氏でした。

このたび、生活の木薬香草園に飾っていた洋愛氏の作品を、国立科学博物館に寄贈する僥倖に恵まれ、あらためて、洋愛氏の軌跡をたどりました。

ボタニカルアート(植物画)とは

ボタニカルアートを洋愛氏はこう定義しています。「ボタニカルアートとは植物学的花の絵のことであります。すなわち、科学(植物学)と芸術の結びついた中での、花の肖像画と思っていただければよろしかろうと思います。科学的な目を持って、対象を正確に観察し、その植物のもっとも美しい姿を理性的感覚をもって描いた花の絵のことであります。」
花の美しさをより誇張し、色も形も自分の感じたままを描く油絵や日本画とは異なり、ボタニカルアートは、花の形、葉の形、植物全体の姿を何の誇張も交えずに、正しく精密に、花弁の数、雄しべ、雌しべ、花の咲き方や色など、すべて植物学的形態を崩さずに、その植物の持っている特徴を最も美しく描くというものです。従って、描かれた植物画からその植物の名前が分かるほどに正確で、しかも空間の生かされた構図、見る人の心をなごませるものでなければなりません。

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洋愛氏から、「植物の箱シリーズ」を愛用されるお客様へ頂いたメッセージ

植物との対話の楽しみ
「私がボタニカルアートの分野のあることを知りましたのは、昭和4年の春、旧満州教育専門学校植物学教室で、後にハス博士といわれた大賀一郎博士に師事していました時です。絵を描きはじめるにあたっては牧野富太郎博士から、特製の面相筆とギロットの丸ペン、古梅園の墨などを送って頂き、手紙による間接的な描画指導を受けたりしまして、植物画の道を辿ることになりました。
以来、自然の造形の持つ神秘のとりこになってしまい、いつしか、植物との対話をくりかえす楽しみを覚え、一貫してこの道を歩き続けて参りました。自然の持つ微妙な美しい絵を、私なりの愛情をこめて描いております。私の描いた植物画コレクション達が、皆さまの生活の中でご利用され、愛されて頂ければ幸いに存じます。」

ちょうど私が入社した時、はじめの研修はこの12の植物を覚えることでした。どれも身近に咲く花で、野の草花にスポットが当たり、おしゃれな製品になっていることがとても新鮮に映りました。カタログに添えられた花言葉は、植物からのメッセージと受けとれ、胸に響いたことを記憶します。

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桜を描き続けた花の肖像画家

「花の肖像画家」、洋愛氏はこう呼ばれています。洋愛氏は幼い頃から絵を描くことが好きな少年で、上野の美術学校(現・東京藝術大学)を目指すも父親に反対され、それならと満州教育専門学校を目指すことを決意し、満州(現・中華人民共和国東北部)に渡ります。
しかし、そこでは絵が学べないことになり、失意の一方、大連で植物生理学の教授だった大賀一郎氏に出会います。植物画の絵描きを探していた大賀氏に才を見出され、自宅に住み込むことになります。さらには大賀氏が「知人で実に見事な植物画を描く人がいる。その人に絵の描き方や必要な用具のことを聞いてみてあげる」と手紙を書いてくださった相手が、当時東京帝国大学の講師であった牧野富太郎氏でした。
また、中学時代の恩師石森延男氏も同時期に満州に滞在し、寄寓にも再会します。教科書の挿絵の仕事を紹介され、そこでの経験は、帰国後にも大いに活かされました。石森氏は「コタンの口笛」などの作品でも有名な児童文学作家でもありますが、氏による洋愛氏の絵の評価にこんな言葉があります。

「(前略)画面全体を整ったあの美はどうだ、生き生きしたあの花、あの実、葉っぱ、蕊はどうだ。ほんものになき神秘さえにじみ出ているのに一驚する。これはおそらく太田洋愛君が、いかに自然を愛しているかという、温かい人間性にもとづいていると思われる。(後略)

1970年、洋愛氏は岐阜県白川郷で新品種の桜を発見し、「オオタザクラ」と命名します。この頃から桜の描写に没頭し、「桜の画家」と称されました。
桜を追って十余年、南から北に桜前線を追い、2万キロに及ぶ旅をし、桜を描き続けられました。桜を通し、日本人の心のふるさとを再度見直し、美しい日本国土を謳歌して欲しい、樹木愛護、環境保全を願う、洋愛氏の願いでした。

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ボタニカルアートの歩み

ボタニカルアートは、欧米では早くから発達してきました。遡れば古代エジプトや中国などで、薬草を見分けるために図譜が作られ、それが植物画の始まりとみることも出来ます。薬草を研究する本草学では記録に残すため、植物を見分けるために細密で正確な植物画が描かれました。

15世紀、活字印刷の発明とともに、植物画も精密になります。美術の世界でも花や植物がそれだけで独立した主題として取り上げられるようになり、15世紀末から16世紀前半にかけての大航海時代には、未知であった世界各地から新しい植物がヨーロッパにもたらされ、見慣れぬ植物に人々は驚きと共に関心を深め、記録を残す手立てとして、植物画が発展しました。

17世紀から18世紀頃には、植物が薬草の枠をこえ「観賞」の対象となり、王侯貴族や大商人などの間で「園芸趣味」が定着していきます。1718世紀は宮廷を中心とした貴族文化の時代でもあり、特に18世紀の絶対王政のもとで、庇護者(パトロン)として多大の貢献を果たします。同時に自然科学も著しい発展をとげ、リンネをはじめ植物分類学の分野での成果にボタニカルアートは貢献しました。

ナポレオンの皇后、ジョセフィーヌの宮殿のバラを描き、「バラの画家」として著名なピエール=ジョゼフ=ルドゥテが活躍したのもこの頃です。ジョセフィーヌはバラをはじめとした珍しい植物を収集し、それを後世に伝えるために植物学者、植物画家を雇いました。その功績は植物学研究において大いに評価されます。さらに18世紀半ばには英国キュー王立植物園が設立され、通称キューガーデンは今なお、植物画の殿堂と言えるでしょう。

国立科学博物館へ

寄贈にあたり、博物館から来園いただいたのは、田中伸幸氏。植物分類学の第一人者牧野富太郎博士をモデルに放映された、連続テレビ小説「らんまん」(NHK2023年前期・作 長田育恵)の植物監修をされた方です。洋愛氏が植物画を始める上で大いに影響を受けたのが牧野富太郎氏、牧野氏に導かれたご縁かもしれません。
ドラマに登場した植物のレプリカは画面では実物そのものに見えましたが、その一部は科博で開催されたミニ企画展「牧野富太郎と植物を観る眼」(2023.12.192024.1.8)で公開されました。
私見ですが、本当に植物愛に溢れたドラマでした。それは関わった方々の、植物と牧野氏に対する愛が花を咲かせたからではないか、田中氏にお会いしてそう感じました。

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洋愛氏に導かれて

今、手に取っても、12種の植物画からは洋愛氏の植物愛がひしと伝わって来ます。生活の木の理念に「自然・健康・楽しさ」がありますが、「自然」というキーワード、生活の木の哲学に「自然」というエッセンスを注ぎ込んでくださったのは、洋愛氏だったかもしれません。数々残される洋愛氏の言葉から、感じました。

洋愛氏の生きた時代は明治から大正、昭和、日本が世界の大国に向かい、必死に頑張った時代でもあります。牧野富太郎氏は遡ること50年、洋愛氏とは50歳ぐらいの差がありますが、牧野氏の生涯を辿っても、植物学はもとより、日本が世界に追いつけ追い越せの勢いで勝負をかけた、そんな時代性、そんなエネルギーを感じます。洋愛氏の功績を辿ることで、道を開いてくださった方々への熱い敬意、受け継ぐ私たちの大きな使命をひしと感じました。

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<ナチュラルシリーズ>
1月 マーガレットㅤㅤㅤㅤ花言葉:真実の恋
2月 スイートピーㅤㅤㅤㅤ花言葉:恋の楽しみ
3月 たんぽぽㅤㅤㅤㅤㅤㅤ花言葉:幸福
4月 れんげ草ㅤㅤㅤㅤㅤㅤ花言葉:私は苦痛をやわらげる
5月 矢車草ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ花言葉:繊細な愛情
6月 つゆ草ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ花言葉:貴ぶ
7月 おじぎ草ㅤㅤㅤㅤㅤㅤ花言葉:感じやすい心
8月 エーデルワイスㅤㅤㅤ花言葉:忍耐
9月 サルビアㅤㅤㅤㅤㅤㅤ花言葉:私の心は燃えている
10月 ガーベラㅤㅤㅤ  ㅤㅤ花言葉:神秘
11月 りんどうㅤㅤㅤ  ㅤㅤ花言葉:あなたが悲しむとき私は愛する
12月 クリスマスローズㅤ 花言葉:追憶

<太田洋愛氏略歴>
1910年愛知県渥美半島(田原市)生まれ。
満州教育専門学校植物学教室でハス博士大賀一郎博士に師事し、植物画を学ぶ。
ボタニカルアート協会創立委員。
主著「さくら」日本書籍刊、「日本桜集」平凡社刊、「原色図譜園芸植物」平凡社刊、「画文集 花の肖像」講談社刊、他

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*謝辞
本稿をまとめるにあたり、田中伸幸氏、嶋津隆文氏に多大なるご協力をいただきました。深く感謝と共に御礼申し上げます。

*参考文献
・「花の肖像画家 評伝・太田洋愛」嶋津隆文/田原市博物館
・「さくら」太田洋愛/日本書籍
・「牧野富太郎の植物学」田中伸幸/NHK出版新書
・「BOTANICAL SHOP植物の箱」㈲陶光(現・㈱生活の木)発行カタログ

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